夢をかなえるゾウ

 

 昨晩、自習室を出て、駐輪場に向かい歩きながらスマフォの画面をつけた。

 ああ今日は金曜日だな、修習の最初の金曜日というのは飲むのだろうか、友人の某君はきちんとめくるめく合コンフィーバーで浮名を流すに至っているだろうかなど考えながら家路についた。

  「合コンで出会いました」という馴れ初めは言うのが憚られるという社会通念があるが、合コンは合同コンパの略、そしてコンパはコンパニー(company)の略、「合同コンパニーに出席した際のご縁でございまして…」と言えばなんだか公的な行事で出会った感が出るんではないかな。試しに軽く呟いてみたけど、「パ」の発音をした時点であぁ合コンねってなった。

 

 帰ってから、明日のバイト中に読む本を吟味しようと、友人に「意外と本ないね」と言われて以来若干のコンプレックスがあるわが蔵書を一通り眺め、鼻の頭を掻き、再度眺めた末つかみ出したのが、『夢をかなえるゾウ』である。

 

夢をかなえるゾウ

夢をかなえるゾウ

 

『夢をかなえるゾウ』(2007年)

水野敬也 飛鳥新社 

 

 内容は、平凡すぎる自分を変えたいけど変われないまま悶々とした日々を過ごしているサラリーマンの主人公が、その願いをかなえるために現れたというガネーシャから出される課題を、疑問を抱きながらも毎日こなしていくことで変わっていく、というものである。主人公と一緒に、毎日出される課題を実行してみましょう、という自己啓発本のジャンルに入るものである。すでに2回読んだことがある。

 

 最初の数頁をパラ見した。最初の課題は靴磨きでしょ、そんで主人公が靴磨きが人生の成功とどう結びつくんだって文句言うんでしょ、知ってる知ってる、と思う一方で、過去に読んだ2度ともただ読んで終わっただけだったなとも思った。(中学生の時読んだのも含めると3度読んでいる。)

 帰ってきて走りに行ってすぐ寝る生活の味気のなさに実は僕も悶々としていたのであり、課題、試してみよっかな、と思った。

 

 とりあえずしょってたリュックをおろして、最初の課題でもやることにした。

 

靴をみがく 12月7日

「ええか?自分が会社に行く時も、営業で外回りする時も、自分がカラオケ行ってバカ騒ぎしてる時も、靴はずっと気張って支えてくれとんのや。そういう自分を支えてくれてるもんを大事にできんやつが成功するか、アホ!」

『夢をかなえるゾウ』p.24より

 

 靴磨きは僕の得意分野である。わざわざ自己啓発本ごときに言われなくても靴ぐらい磨いてる。栄養のクリームも塗ってるし、ブラシで磨きあげてテカテカにもしてる。仕上げに防水スプレーを振れば埃や汚れも付きにくくなるのである。学部の時、元町高架下の靴工房で店員のお兄さんに詳しく教えてもらった。そして今の靴たちも確か1か月ちょい前に磨いたはず。磨いた時はいつも、「今後は毎月1日は靴磨きの日にしよう!」って決意するものの今月1日磨いてないんだけど、まあ汚れてないし、それはまた別の話というか、もう夜だし、早く寝る方が健康じゃん、と思ってとりあえずブラシをかけて埃を取り除く、という折衷案を採用した。あと靴を脱いだらそろえることにした。

 

 バイトで読むのはやめた。『夢をかなえるゾウ』を枕元において寝て、朝起きたら一話ずつ読んで、その日の課題を実行していくことにした。バイトでは逐条テキストを読んだ。

 

 

コンビニでお釣りを募金する 12月8日

「偉大な仕事をする人間はな、マジで世の中よくしたいて純粋に思て生きてんねんで。せやからその分、でっかいお金、流れ込んでくんねん。お金だけやない。人から愛されたり、幸せで満たされたり、もういっぱいいいもんが流れてくんねん」

『夢をかなえるゾウ』p.35より

 

 朝自習室に行き勉強して、さっとバイトに行き、終えてさっと自習室に帰ってきて、夜まで勉強して、帰宅した。

 コンビニ行ってない。コンビニ以外の店にも行ってない。そもそも今日財布を家に忘れたことに昼頃気づいた。昼はバイト先で食べさせてもらったし夜は備蓄があったから飯代含めて今日1円も遣ってない。2日目にしてクリア失敗です。なんなら昨日も靴磨いてないしな。

 

 とりあえず代替策として玄関を掃いた。走りに行ったランニングシューズが大学のグラウンドの砂をテイクアウトしてくるからである。昨日玄関で靴をそろえたときも気づいていたけど、黙殺していた。

 ランニングシューズにこびりついている砂と泥を箒ではたき落とし、玄関を掃いた。クソみたいな安ほうきである上に、掃く部分を下にして立てかけているから変な癖がついててとても掃ける代物ではないが、そこは地面を一秒間に2,3回こする勢いで箒を持つ手を高速で動かしてカヴァーした。

 ところで、ここで浮上するのが掃いた砂等をどこに処分するかの問題である。今までは、管理人さんが廊下を定期的に掃除してくれることに甘えて、廊下に向かって掃き出していた。しかし、廊下は共用部分である。世の中よくしたいと思って募金することの代替手段を遂行していることに鑑みれば、共用部分を汚すことはその趣旨を没却するため妥当でない。他方で、家の中用の塵取りを使うことは嫌である。

 そこで以下の折衷説を採用した。すなわち、いったん廊下へ掃き出し、廊下も一部掃いて、目につかない角にできる限り小さく固めることにした。

 夜の廊下にシャッシャシャッシャと怪しげな音が響いたが、すぐに終わった。

 

 募金はまた今度する。

 

 

 続く