兄の話
大晦日の晩、群馬の祖母の家に集まり、兄と会った。今年は、翌1日にはもう帰るという。彼女の実家に挨拶に行くらしい。結婚するの?と母に聞かれて、「そのうちするだろうなあ」と言っていた。そして、手土産を買うと言って群馬の銘菓は何かと尋ねていた。
翌日、兄の出発まで、母や伯父さんや従姉妹が庭に出て、兄が買った車を「かっこいいなあ」とじろじろ見ていた。僕は最初遠慮してたけど、結局見に行った。そのうち、兄はみんなに見送られて東京だか関東のどっかに帰っていった。手土産は旅がらすを買うといっていた。
兄は要領がよく、常に余裕をまとっている。顔がよく年収もいい。兄は1年前僕と会ったとき、「今んとこ彼女作る気とかないわ」と言っていた。やる気になれば一瞬だったということか。昔から何事も余裕でこなしていく兄に対し、僕と弟は畏敬の念を持っている。ただ、大学進学で家を出るまでの兄はバチクソに怖く、僕は今も目を見て話せない。ので、もう少しこっちいればいいじゃんと心で思っていたけど、言えないので、黙って見送った。
1年前、修習終わりの12月、僕は東京で彼女に振られ、この世に居場所がなくなった気がして呼吸ができなくなったのだけど、そのときかろうじて兄が関東のどこかに住んでいたことを思い出した。大学生ぶりに兄に連絡をとり、当時兄がいた千葉まで落ち延びていった。
終電ぐらいの時間、兄は仕事終わったところだとか言いながら、酒やらなんやらが入ったスーパーのビニール袋を提げて駅に現れた。歩きながら、どしたんと聞いてきた。「彼女に振られたので、来ました…」と言ったら、兄は、ぎゃはははwwwwwwwwwって少年ジャンプに出てくる敵みたいな笑い方して「たかが女一人のことで、雑魚すぎんだろおまえwwwwwwwwwwww」と言った。「新宿御苑のベンチで、泣いてしまいました…」と報告したら、「お前ヤバwwwwwwwwwwwwww傑作すぎるwwwwww」と言った。
兄の家で、兄はたしかカルビ弁当をガシガシ食いながら、女なんて適当に遊んだらいいじゃんと言ってスマホを渡してきた。マッチングアプリが入っていた。それは男は一定以上の年収、女は一定以上の容姿がないと入会できないという、令和ともあろう時代に露骨すぎるアプリで、うろ覚えだけど、男会員は、登録してきた女性の写真をみて、入会可か不可かをスワイプして決めるのだった。やってみ、とスマホをわたされたので、画面に映っている女たちの写真を「あーあり……あーこの人は…まあ、あり……」とやっていたら、兄は「トロすぎ」と言ってスマホを奪い、「なしなしありなしなしなし、あ、やべ今のミスった、まいっか、こいつありにしとこ」と高速で指を動かし、最終的に、適当でいいんだよこんなもんと言ってスマホを放り投げた。そして、「だからそんなに落ち込むな」と言い、僕が作ってあげたハイボールを、「濃すぎんだろおまえこれ」と言いながら全部飲んでいた。
翌日別れ際、兄は、「まあ、まずは金だな、金があれば自信になる」と言った。そして、就職祝いに腕時計を買ってくれた。
こんな感じで、兄にはだいぶ救われたところがある。
なので、今年、結婚を見据えてまじめに彼女の実家に挨拶に行く兄をみて、兄、そっち側もできんのかと思った。なんでこんな人生のステージを軽やかに渡り歩き、そつなくこなすのだろう、と思った。
なぜあえて、弁護士なんてストレスフルな仕事を、アウェイの関西でする必要があるんだと思う。地元で就職すれば、なんも嫌なことはないんじゃないか、友人もたくさんいるし、少なくとも、「周囲への怖れ」みたいなストレスは感じないのではないかと思う。そもそも弁護士にこだわる必要もないんじゃないか、メンタル弱いやつは弱いなりの生き方をすべきじゃないか、土日は休んで友達と酒飲んでキャンプ行って最高じゃないかと思う。
高校時代、陸上部の練習が辛すぎて毎日死んでいたら、軽音楽部で超絶もてていた兄から、「せっかくの高校生活、おまえ何でそんな苦しみにいってるの」と聞かれたことがある。こっちが聞きたい、なぜなんだと思った。
兄のように身軽にそつなく生きたいが、僕はなぜかいつも積極的に苦しむ方向を選んで、なぜ?と絶望する。誘蛾灯でもあるのかと思う。
しかし、そうはいっても僕が常にその時ベストだと思う選択を重ねてきたことも確かである。結局自分は兄のようには生きられない、泥くさくやるしかないということで納得する……
ここまで確認することが僕の正月のルーティンである。
今年も群馬の田舎道を散歩しながら、無事に終えてきたのである。
僕は、淡々と毎年行われるルーティンがとても好きである。群馬の田舎道の散歩がとても好きである。暮れに祖母の家に集まる習慣、よくわからない正月の飾りつけも愛している。
ずっと続いてほしい、続けたいと思うけど、マジで人生何が起きるかわからないというのが世界共通認識だし、現実的には祖母もいつかいなくなる。兄も結婚したら群馬に来なくなるだろう、それは何年後だろう、自分はどうなっているだろう、そもそも人生って何だろう、あと幸せって何だろう
情報収集のためにツイッターはじめるな
— ムーミンパパッチ (@0god_bless_me0) 2021年10月18日
ダジャレ発信のためにツイッターはじめろ お前の心の声を聞かせてくれ
これはマジである。
ツイッターで情報収集している場合ではない。人生と幸せについて語ってくれ。みんなは何が怖くてどうそれに折り合いをつけているのか教えてくれ。ダジャレはいいや。
今年もよろしくお願いします。