ゼットゼットブログ

ロースクール既修卒で司法試験の受験生です。長野県出身です。

トイレ掃除をする。夢をかなえるゾウ

ichijikaidekaeru.hateblo.jp

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トイレ掃除をする 12月13日

「トイレを掃除する、ちゅうことはやな、一番汚いところを掃除するっちゅうことや。そんなもん誰かて、やりたないやろ。けどな。人がやりたがらんことやるからこそ、それが一番喜ばれるんや。一番人に頼みたいことやから、そこに価値が生まれるんや。」

『夢をかなえるゾウ』P.70

 

 トイレ掃除ぐらい自己啓発本ごときに言われなくてもやっている。だからいつものごとく掃除した。水回りついでに台所の流しも掃除しておいた。重曹をお湯に溶かして絞った布巾でするするとこすって翌朝見ると、ショウルームのキッチンのようにピカピカであるよ。重曹はドラッグストアに売ってるよ。

 トイレについて。今まで訪れた下宿のなかでトイレがきれいだった友人、すぐ二人思い浮かんだけど、確かに二人とも穏やかな性格で、言葉を丁寧に扱って話し、他方で芯の強さも秘めているというそれはもう人間的魅力にあふれている人たちである。また、本書によると世界の大富豪の共通点はトイレがピッカピカであることなんだそうである。

 世の中では、トイレ掃除にとても力を入れている飲食店や、団体など、時折見聞する。トイレの清潔さと、人の魅力や人生の成功との関連性というものは、少なくとも無碍に否定すべきものではないのかもしれない。

 一方、トイレ掃除トイレ掃除と崇め奉ることには、胡散臭さを感じる。僕の脳内には先ほどから、昔いた、トイレ掃除に情熱を傾けることで有名だった、そして生徒からあまり人気を集めるタイプではなかったある先生の顔が浮かんでいる。

 この先生は、僕たちが入学したばかりの春のオリエンテーションで、学年の前で初っ端からぶちギレた。曰く、「私がトイレを掃除しているにもかかわらず、平気で入ってきて用を足していく生徒がいる。無神経にも程がある。君達は本当に○○(学校名が入る)の生徒か。云々。」

 これは確かにもっともな言い分だと思い、以来、サービスエリアや大学の構内のトイレ、トイレに限らず通路や階段等を掃除している人がいるときはできる限り避けるか一声かけるようにしている。

 しかし、その先生に関しては、その後も一生懸命にトイレを掃除している姿をよく目にしたが、なんとなく胡散臭さが拭えなかった。なぜかいつも黄ばんでいる白衣、油脂を感じさせるまとまりのない髪の毛、出ている腹、そして人を見下した話し方のせいだったと思う。

 トイレが綺麗な人が成功しているあるいは魅力があるのだとして、思うに、トイレという一番汚い場所でさえ綺麗なのだから、また一番触れたくない場所にさえ気が回っているのだから、他の部分は言わずもがな、という良い推定が働くのではないか。

 その先生は不潔な格好と好かれない態度によりその推定を破った。推定が働かなければ本来「トイレ=汚い」のだから、必要以上にトイレへの執着を見せることはもうマイナスの方向にしか働かないのではないか。

 そういうわけでトイレを綺麗に保つことは大切だとは思うが、これを目的としてしまったら最後、身につけた白衣が黄ばむ一方となるのではないかと恐れを抱いている。

 

 

まっすぐ帰宅する 12月14日

「会社終わったら自由やから遊んでええっちゅうわけやないんやで。むしろ逆やで。会社終わったあとの自由な時間ちゅうのはな、自分がこれから成功していくために『自由に使える一番大切な時間』なんや。」

『夢をかなえるゾウ』P.79

 

 社会人は会社を終えてようやく自分の時間を使えるのだとしたら、自分のためだけに一日を自由に使えるというのはすごいことなのかも知れないな。でもそれでも時間マジで足りないな。本番まであと半年ってなってからの半年ほど早く過ぎるものはないな。僕の母親は「あと10分…」ってスヌーズ設定してからの10分ほど早く過ぎるものはないって昔言っていた。

 まっすぐ帰宅する他ない生活を送っているのだけど、本書が言いたいのは、一日終えてからの時間を無駄にしてよいというわけではないということだろう。一日自由に使える僕たちは、明日も集中できるよう調えるのに時間を使えということかな。少なくとも、特にリフレッシュする目的もなく無駄にYouTube観るなということだと思う。

 今日はダウンタウンの若い時の漫才を観てやっぱ松本人志ってすごいんだなと感心してそのすごいなって気分のままさっさと風呂入ればよかったのに、続けて特にリフレッシュする目的もなく『モテる男性のLINEテクニック5選』という動画を目に入るままに観た。

 飽きやすく移り気な現代人のためにこれでもかというほどサクサク進み、絶対最後まで観させるという執念を感じた。「内容がいかに薄っぺらくてもサクサク進んどけばだいたい満足っしょ、こいつら」と誰かが言っている気がした。LINEの相手が20分後に5行の返事をしてきたら、こっちは30分後に4行程度で返すべきらしい。メッセージ送るときは、相手の名前も入れるべきらしい。例:「こんにちは。」→「○○さん、こんにちは。」

 世の中には、「鉄板!メンズ冬コーデ」とか「○○行ったら絶対抑えておきたいオススメスポットbest5!」とか親切に教えてくれる人がいるものだけど、まあ旅行先のオススメスポットはたしかに教えて貰わなきゃわからないからいいとして、コミュニケーションの取り方とか服装とか、本来は各人が自分で考えて経験して身につけなければならない身体性の高い事項についてまで、誰が作ったのかわからないものがネットに垂れ流されていて、しかもおそらくアフィリエイトが目的で、にもかかわらずまんま真に受けて実践するやつもいるのだろうかと思うと、怖くないですか。その人自身はどこにいるの?って思う。『おやすみプンプン』という漫画で主人公が途中から自身を見失う展開があって、そこから最後まで狂気だった。

 内容は確かに必ずしも間違ってはいないと思う。今日の『モテる男性のLINEテクニック5選』、後で知人女性に「こういう動画観ました」ってテクニックの内容を言ったら、「狙ってやってるんだったら嫌だね」という反応だった。自然にやる分にはそれなりに有効ということだろう。5行もかけてくれた返信にスタンプ一つとか、即レスで10行とか、確かにやられたら困惑するもんね、要は空気読めってことだよね、という至極当たり前の結論に至った。

 「鉄板!メンズ冬コーデ」とかそういうのは、その読むべき空気がずれていないか時々確認する目安として役立てるにとどめるものじゃないかなと思います。考えずに、これやっとけば正解、みたいに手っ取り早い解決ばかり身につける人が増えたら、怖いなと思う。いざとなればマスコミや政治家やそういう声の大きな存在によって簡単に操られそうだし、そんな中身スカスカの人間ばかりの世の中、何もかもが薄っぺらくなっていきそう。それにそういうごちゃごちゃ頭を使うことを放棄させて代わりにこれが正解ですよって差し出されているものがあるシーンでは、だいたい金の臭いがしている気がする。